« 小川神社 御柱祭 2 | トップページ | 郵便冬季請負業務 終了 »

我らのバブル時代 1986-1990

藤原直哉さんのインターネットラジオの「バブリーコージさんとロハスケイコ」さんの対談が面白い。
1986-1990年のバブル全盛期を東京都内の証券会社の社員として経験し、今は藤原先生の「日本再生プログラム推進フォーラム」の事務局で活躍中のバブリーコージさんの思い出話のコーナーですが、そのバブル全盛期の浮かれ気分を全く経験していない僕にはとても新鮮で、どこか異国の話を聞いているようです。

バブル時代といえば、1985年のプラザ合意から、1990年3月に日銀により行われたの「土地関連融資の抑制について」(総量規制)までの期間が全盛期だと思いますが、その間僕自身は何をしていたか。
1985年4月に大阪から長野県の中山間地域の美麻村というところに移住し田舎暮らしを始め、翌1986年から友人たちと共に「山小屋の会」を始めて、美麻村でログハウスのセルフビルドを手がけました。

「皆10万円ずつ出してくれ。共同で別荘を建てて遊ぼう」と呼びかけ、結局20数名の仲間が入れ替わり立ち代り作業に参加してログハウス建設を楽しんだ。あれが、結局僕たちのバブル時代の娯楽だったわけですね。そこで出会ったカップルから結婚まで至った例も多々あります。

集まったメンバーは半分以上が理系のエンジニアさん。それも独身がほとんど。みんなそれなりに仕事は忙しかったようだけど、週末金曜の夜に大阪なり東京を出発し、僕の仕事場であった古民家「津滝屋」に集まって、土曜日は朝から建築作業と夜は酒盛りというパターンだった。

「会社勤めだけだと人生しんどいから、体を動かして楽しめて、将来家族連れで使えるような場を作ろう」というコンセプトだった。

出資金がラクに集まったのもバブル時代だったからだね。今じゃあとてもムリだ。

建築は1986年・・・倉庫建設
1987年・・・基礎コンクリート工事
1988-1990年 ・・・壁の丸太積み
1991年・・・屋根工事
1992年以後 内装設備工事
という感じで都合10年以上かけて建築を楽しんだわけだ。

建物は今もメンバーの共同の別荘としてたまーに使っています。
Dscn2023
Dscn2024
Dscn2027

これからの時代、婚活中の皆さんは、遊休農地を共同で開墾する「開拓団」でも作って遊ぶといいんじゃないかな。趣味と実益。誰かやらないかな。

|

« 小川神社 御柱祭 2 | トップページ | 郵便冬季請負業務 終了 »

山小屋の会」カテゴリの記事

遠山郷にいこう(藤原直哉関連) 」カテゴリの記事

コメント

こんにちは

家のセルフビルドで随分と器用だと思っていたら本職顔負けのキャリアだったのですね。

アシストコラムは御覧になっていますか?
http://www.ashisuto.co.jp/corporate/totten/column/1192448_629.html
何だか藤原さんと同じ事ばかり書いています。

私は¥100ショップの懐中電灯(白色LED)を電池3本ではなく1本で使えるように改造しています。

良さそうな方法が見つかったので飽きてしまいましたが(笑)何個か作って藤原学校のビンゴ大会の景品にでも使って頂こうかな?

今はランドセルに付けるストロボライトを設計・試験中です。乾電池1本で14時間(2時間×7日)持つかな?と言う感じです。

完成したら纏めて送ろうと考えています。

投稿: kazu | 2010年3月14日 (日) 02時25分

kazuさん、コメントありがとうございます。

ビル・トッテンさんのページは「お気に入り」に入っていて、時々アクセスしてます。(最初は玉蔵さんの紹介で知ったのかな)
この方も良い考えの持ち主ですね。

セルフビルドですが、ぼくの場合別荘を先に建てたってとこがユニークなのかもしれません。
今立てている増築が終われば、建築はもう今世では充分やった、という気分になるかもしれません。他人のために仕事で建築をやる気にはなれませんし。

kazuさんがやる電気回路の工作は僕の苦手な分野です。
それぞれの得意分野を持ち寄ってヨコに手をつなぐ・・・そういう社会が早く本格的に始まってほしいですね。

投稿: yupon | 2010年3月14日 (日) 07時21分

こんにちは

電気回路のことは本業の感が鈍らないように行っている訓練なのです。

ユーザーのことを思い部品の選定や配置を考え性能をテストし改良を加える。機械設計と全く同じ思考過程をするのですが、機械は特注品のネジ1本が¥1000の世界ですので電気工作は安上がります。

仕事で使っていたLED等の部品が沢山ありますので暇つぶしと鍛錬を兼ねてアナログ感覚を磨いています。

最近の部品は性能が格段に上がっているのを痛感します。韓国製や中国製ですが無茶な設計で力任せに物を作っている様子が解ります。

投稿: kazu | 2010年3月14日 (日) 11時25分

yuponさんこんにちは、大善さんのブログで目にとまり、コメントいたしました。

ミクシイ(マイクfujii)でブログの練習をやっておりましたが、やっと、もう一つ作りました。(まだまだ工事中で、一般公開はもう少し先の予定です)

URL http://kayabukihouse.jugem.jp

ブログ名 「茅葺と囲炉裏の空間」

これからの時代、遊休農地を共同で開拓する「開拓団」、この話すごくよく分かります。


私の所にも、ウーハーの若者達が、年ごとに増えてきており、東京でスローフード・カフェのお店を開いた女性や、前職はコンピューターのプログラムやっていた若者が、この辺で就農したいとか、何か若者達の考え方に変化が起きているようですね。

海外から、東京近郊から、若者達が「茅葺と囲炉裏の空間」を探して来る時代です。

藤原先生のまわりにも、いろいろな方々が集まって来ていますね。これも時代の流れ、天のシナリオでしょうか。


まずは「ブログの開設」のご報告です。

「大善日記」には後日私から連絡いたします。

投稿: 群馬の藤康 | 2010年3月16日 (火) 20時48分

藤康さん、こんにちは。初コメントありがとうございます。「茅葺と囲炉裏の空間」見ました。これからも時々読ませていただきます。

藤康さんとは、誕生日が近いですね。
藤康さん・・・4日
僕・・・7日
僕はうお座で血液型ABです。

こちらの自宅は「絶対冬暖かい家を作って!」というカミサンからの至上命題を解決すべく、今できる最大限の工夫をして建てました。「石油を使わずに最大限の暖かさを得る」というのがテーマです。
現在母屋のとなりに増築中の2棟目(母の居住用)も基本的には同じ工法です。

この2棟の間に2間×2間半の空間があり、そこを直火の焚けるイロリスペースにしようとたくらんでいます。

どのような、イロリ空間にするか・・・藤康さんのイロリでまずまったりと飲んで大いに参考にしたいですね。5月の味噌仕込みの時に行けるかな?

味噌といえば、昨日は今年2回目の麹味噌を仕込みました。昨年は麹を使わない味噌玉味噌を初めて仕込み
現在熟成中です。(麹を使う仕込みは基本的にカミサンの守備範囲です。)

ともかく、「行って、見て、知って」を実践してみようと思いますので、一度伺います。よろしく。

投稿: yupon | 2010年3月17日 (水) 03時17分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 我らのバブル時代 1986-1990:

« 小川神社 御柱祭 2 | トップページ | 郵便冬季請負業務 終了 »