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2012年12月

新しい暦が始まる

未了仮UP
自分のコトバで書いてみた。
散文だが、いまの気持ち・感想です。

原発は動かしやすそうなところから「再稼動」の指令がでるでしょうね。100万人で国会を囲むことでは動かすのは止められない。福一の事故現場、いまだに放射能だだもれ・・・・でおそらく、健康被害が実際に多発してくるだろうが、なるべくマスコミ報道しないように圧力をかけたうえで、「ダイジョウブです」の題目を唱えて知らぬ存ぜぬを繰り返すだろう。従って、住民レベルでの避難・疎開の支援しか福島の人たちをサポートする手立てが無い という状況が次の総選挙まで続くおそれがある。
事態が急変するとしたら、また大地震で他の原発がボンといくか、福一の4号炉プールが目に見える形でバッシャンと倒れるか・・・・いずれにしても大被害はさけられない惨事であると思う。
今度福一で大きなアクシデントがあっても、震災直後みたいに体を張って被害の拡大を食い止めてくれたベテ...


いまから約30年前、
大学に入る前まで、僕は原子力発電というものは人類がこの文明を維持発展させていくためには、アブナイけど欠かせない「必要悪」だと思っていた。
しかし、アメリカのスリーマイルアイランド原発事故をきっかけに、自分なりにいろいろ調べてみると、原発は「必要悪」なのではなく、「必要のない悪」だと悟った。そこから、ゲンダイ文明のいろんな問題点に気がついて・・・結局人類がこの地上で持続可能な社会を作るためには、都市に集中して住まうのではなく、可能な限り分散して自然のフトコロの中で生活を構築しない限り、根本的な解決などありえない、という結論に達した。

そして、自らそう気づいたのだから、それは実践しないと自分の人生に対してウソになる・・・そう思った。

我々の世代はノストラダムスの1999年7の月・・・・をマジに信じていた世代である。僕も「たぶんあと少しで自分の人生も世界もおわるだろうが、その前にたとえ少しでもいいから、本当に人として、持続可能な生き方を実践してみたい、それが自分の人生のテーマだ」と20歳ころにマジに思っていた。

おりしも一番年齢の近かった従兄弟・吉田昌郎さんが東工大の院を出て東電に就職し、福島第2のプラントを建設しているころで、僕は「原発の現場もみておかねば」と思って昌郎さんにつれていってもらったこともある。

当時はドイツでも「緑の党」ができ巨大科学にたよらない「ソフトエネルギーパス」などのもう一つのテクノロジー
「Alternative Technology」(略してAT)によって、人類の未来を切り開いて行こうという科学論が提唱されていた。(後年 Tシャツの印刷屋をメシの種にしているわけだが、屋号でアットホーム=AT HOMEと名乗っているのはここに由来している)

僕にしてみれば、当然社会は「ソフトエネルギーパス」の方向にある程度進んでくれるものと期待していたが、ザンネンながら日本はその方向には進まず、原発と「経済バブル」の時代に突き進んで行った。

ラン運転員たち・・・「FUKUSHIMA 50」はもう存在しない・・・

太平洋戦争のときに、あれほどまで勇猛果敢に皇国日本のために我々の先輩たちが戦ってくれたのは、昭和初期から何年もかけた軍国教育の成果があると思う。(僕は日本のために命をはって戦ってくれた当時の人たちには大いに感謝し敬っています。)これから4年間の自民党政府がやろうとするのはそういう軍国化教育だと思う。そして、治安維持法や言論の統制・・・多かれ少なかれそちらにシフトしてくるし、それは国会のまわりを100万人で囲むことでは止められないと思う。

こう「止められない」と連発で書くと悲観的になるのだが、確かにデモでは今度の政府の動きは止められないけど、天の力なら止められるかもしれない。

日本人はまだ目覚めていない。
スーパーとコンビニの棚に食料・物資が並んでいるかぎり、放射能汚染で病人が徐々に増えてきても、消費税があがって生活がだんだん苦しくなってきても、円安でガソリン食品価格が徐々に上がってきてもそれが「徐々に」であるかぎり この国民は目覚めない。

そこまでこの国民はぼけている。

目覚めるとしたら、スーパーとコンビニの棚に食料・物資が何ヶ月も無くなる状態だ。
「本当に食うものがない」となるまで日本人は目が覚めない。

すなわち、(中国などが発端となる)経済崩壊・世界的銀行の取り付け騒ぎ・・・・それこそが日本人覚醒のきっかけになると思う。

ただし、これはマジにきついし、弱者には命取りになる騒動だ。

おそらく、「天」は日本人を覚醒させるためにそこまでの揺さぶりをかけてくる。
今回、自民が圧勝したのも、彼ら議員たちを一網にあつめて、反省させるための天のハカライであろう。
いわば「神風」。
我々民衆はその「神風」に備えて具体的な物資の準備と、ともに生き抜く人の輪の構築 そして天の意を悟るためのホンモノの信を持たなくてはいけない

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『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』

さて、先週吉田昌郎さんの見舞い行ってきましたが、そのご報告。個人の健康のことであるので、あまりこと細かくレポートするのは控えさせていただくが、一部報道もされてるので、現状を簡単に書いておきます。

昨年末に食道ガンが発見されたあと(本人曰く「ステージ3」) 手術のため入院(このとき福島第一原発所長を退任)。3月にいったん退院のあと、4-5月に抗ガン治療のため再入院、6月に退院し、自宅療養をしながら再起を図っていました。7月には福島現地の集会のためにビデオメッセージを発信したり...、現場の当時の状況を本の出版により伝えるための取材に応じたりしていましたが、そのときに脳梗塞を発病し緊急入院。
現在はリハビリのための病院に転院し、回復のためにトレーニング中です。

今回見舞いにいったとき、少し話しもできましたが、まだまだ回復には時間がかかりそう・・・・でも奥さんによると「だいぶ良くなってきた」そうです。

本人も、あの事故について語り尽くしていないだろうし、何よりも事故そのものが収束していないのだから、世間に対してもいろいろ発信したい想いでいっぱいだと思います。

7月に倒れる直前に取材を受けた ノンフィクションの本が出版されています。(昌郎さんだけでなく、多くの現場最前線で戦ってくれた人たちに取材して書かれています)
門田隆将さん著 
『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発の五〇〇日』http://www.php.co.jp/news/2012/11/1128.php
です。
見舞いに行ったときこの本を一冊もらいましたが
昌郎さんが病床で言っていたのは「この本は本店の連中に、読んでもらいたい」ということ。・・・それだけ「現場はこういう状況だったんだ、本店の社員はそれを腹に据えて事故収束のために働いてくれ」という想いでいっぱいなんだと思います。
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同時に、今年3月に見舞いに行ったときに言っていたのが「これから事故収束に働けるベテランの現場作業員が(被爆により)足りなくなる。ヤクザとかが作業員の派遣にからんできたら大変になる」という趣旨の心配をしていまた。・・・・事実現状がそうなりつつありますね。

本人が健康なら、もっと前面にでて色々語ってくれるのだろうと思いますが、現時点ではこの本が一番現場の状況をリアルに伝えてくれていると思うので、是非読んでみてください。

見舞いからの帰路高速バスの中で一気に読みました。
政府事故調査委員会の調査報告書は事実をかなり忠実に調べて書かれていますが、このノンフィクションは政府事故調が書き表せなかった「現場の叫び」を再現してくれています。

あの原発事故は本当に最悪に近い現状ですが、それでもどん底のどん底に落ちる1歩手前で食い止めたのは、昌郎さんはじめ現場で戦ってくれた皆さんの機転と努力のおかげであるとつくづく判りました。
僕がいう「どん底のどん底」というのは、激しい核爆発が連続し、福1だけでなく、福島第2発電所も、東海村の原発も運転員が放棄せざるを得ないような大事故ということです。

冷却用の全電源喪失に至ったとき、現場運転員の共通認識は「とにかく冷却水を入れて冷やす」ことだったようで、当直の運転員の人たちは震災(津波)後の極初期の段階で水を炉内にいれるためのラインを必死で工作しています。
また、吉田所長は消防ポンプを直列につないでの送水が必要になることを予見し、事故直後から自衛隊や関係機関に消防ポンプの出動を要請し、これが実際に冷却作業で最大の功を奏しています。

「闘う武器がなんにも無いときでもあきらめない」現場の底力というものを感じました。

いまこうやって、FBであれこれ書くことができるのも彼ら運転員・作業員の献身的な努力があったからこそです。
彼らの努力の上に、この震災後2年弱の極めてもろい「安定」が保たれているにすぎません。

いわば捨て身の「時間かせぎ」。

福一の現状は全然収束していないうえに、4号炉の使用済み核燃料棒プールのキケンさも震災直後からいっこうに改善されていません。手がつけられないのです。
現時点でまた大きな地震があったら、「東日本壊滅」の状況はそのままなのです。

いま、総選挙で原発の扱いが焦点の一つになっていますが、ともすれば原発の事故を「隠そう」とか、「あれは終わったこと」にしたいといった原発推進者・大手マスコミの目くらましに騙されないで、賢明な選択をしてもらいたい と思います。

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