登山

人に会いにいく

今年の方針として積極的に人に会いにいく、ということをやっていきたい。

知って、行って、会って、話して を繰り返しながら横のネットワークを育てる。

いまはそれが一番重要なことかもしれない。

昨日は、地元で一昨年結成された、登山サークル・バックカントリーマウンテン倶楽部 という穂高駅前の登山用品屋さんが主催しているグループの会合(新年会)に初参加してきました。現在部員は十数名。アイターン者が多く、横型ネットワークを広げるのによさそうな雰囲気でした。

登山は15歳のときに高校のワンダーフォーゲル部 に入って以来、その人脈の中で細々と登りついできたわけですが、ココへ来て残りの中高年期に一緒に山を歩ける地元の山友を改めて育てておきたい、という思いが強く沸いてきています。

ここのところ単独行や家族登山が多かったからなあ。

というわけで、昨日は初参加でしたが、今春以後たぶんこのバックカントリーマウンテン倶楽部にちょこちょこ参加することになりそうです。

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秋の家族ハイキング 守屋山

秋晴れの10月16日、かねてから気にかかっていた守屋山(守屋さん)に3人で登ってきました。

守屋山は南アルプス(赤石山脈)の北端にある標高1650mの山で、山麓には古代の豪族物部守屋を祀る里宮と山頂には奥宮があります。

日本列島を東西に貫く地質学上の重要な断層である「中央構造線」沿いにある山で、山頂からは眼下に諏訪湖、まわりは北アルプス・中央アルプス・南アルプス・八ヶ岳連峰などを望むことができる素晴らしい展望の山でした。

日本の古代史=特に仏教伝来のころ、仏教をうけいれるか否かについて豪族が争っていた次代、崇仏派の蘇我氏によって滅ぼされた物部守屋(もののべもりや)の残党が都から中央構造線沿いにこの地に移り住んだといわれています。

物部氏; ウィキペディアより

物部氏(もののべうじ)は河内国の哮峰(現・大阪府交野市か)にニニギノミコトよりも前に天孫降臨したとされるニギハヤヒミコトを祖先と伝えられる氏族。元々は兵器の製造・管理を主に管掌していたが、しだいに大伴氏とならぶ有力軍事氏族へと成長していった。五世紀代の皇位継承争いにおいて軍事的な活躍を見せ、雄略朝には最高執政官を輩出するようになった。

さて、家族登山のほうですが、朝8時前に自宅を出て中央高速で諏訪ICまで走り登山口(伊那市高遠 古屋敷)の守屋神社里宮についたのは10時ころでした。

地図;

コースは地図の守屋神社がスタート→守屋神社奥宮→守屋山西峰→守屋神社奥宮→守屋山登山道入り口→守屋山登山口バス停→守屋神社
の周回コース

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諏訪湖SAにて

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守屋神社里宮

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拝殿

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本殿

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里宮周辺は清浄な雰囲気でよかったです。

特別に「気」を感じることのできる方にはそういう気を感じられるパワースポットなのかもしれませんが、僕はその手の波動を感じる力がないので、、気持ちいい場所だなあ・・・くらいの感想です。

登山はここから標高差400mの急登、樹林帯の中をゆっくり登って約2時間で東峰山頂につきました。登山道はよく踏まれており地図をしっかりみれば間違うことはありませんが、ただ森林浴散策コースの案内板の道標のせいで、登山路を間違いそうな箇所が一箇所ありました。

腰掛松

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あちこちに古い石碑がありました。

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東峰山頂 12時到着

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守屋神社 奥宮

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山頂にある岩磐(いわくら)を祀ったものでしょう。

「祠の石を谷底に放り落として、守屋の神を怒らせると雨が降る」という言い伝えがあり

諏訪側・伊那側両方の住民により、雨乞い神事のために度々祠が破壊されたため、昭和40年代にこのような鉄柵が設けられたらしい。

祀ってあるというより、守屋の神が本気を出して怒りださないように「封印してある」ような感じがしました。この祀り方はなんだか間違いみたいだなあ、と感じました。

山頂からの展望

東側 八ヶ岳

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北西 北アルプス ↓ 中央は槍・穂高

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西~南西 中央アルプス駒ケ岳 →  Dscn1402

南側 南アルプス ↓

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山頂で昼食をとったあとは、西峰を往復しました。標高は西峰のほうが高く、一等三角点がありました。

西峰山頂 珍しいripponとのツーショット(kaopon撮影) ↓

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ripponは去年の秋 大渚山という山に山小屋の会のみんなとハイキングに行ったとき転んで手首を骨折したのですが、一年たってまた登山ができるようになってよかったです。手首が治るのに半年かかったがまだ違和感は残っているようだ。

kaoponも去年の秋に立山(大汝)に僕と二人で登って以来 一年ぶりに一緒に山歩きをしました。1年でだいぶ成長したなあと実感しました。口が達者になって文句が増えた(笑)

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下山は来た道と違って、東山麓へ。

途中市民グループで整備しているキャンプ場(避難小屋)を経由して杖突峠の登山口まで下山しました。

キャンプ場では地元の登山グループの方たちが「今夜はビバーク訓練」とかいうことでその準備(酒盛り)をしていました。

下山は午後3時。(そのあと僕だけ徒歩でスタート地点に車の回収にいきました。)

避難小屋↓

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かやぶきの東屋 ここの市民グループで作っているようです。

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下山路でみつけた リンドウ

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南アルプス登山 2

(1日目=8月23日)本日の登山行程は さわら島から千枚小屋。この記事かきかけ

さわらじま
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登山口の吊橋を渡って山道に入る
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樹林帯ののぼり
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蕨の段
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キノコがいっぱい。 食べると七色の虹がみえるかも テングタケの類
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キノコ これは食えるか? 猪口の類。
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オオシラビソ帯のまっすぐののぼり。このあたり明治43年ころにおおいに伐採されたらしいが、森が再生している
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駒鳥池
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高山帯の花がみられるようになった
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悪沢小屋到着
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小屋の飯
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南アルプス登山

あーだ、こーだ、言っても、山が好きで信州に移住したということはまちがいない。

1980年に初めて3000m峰(仙丈岳)に登って以来30年の月日を経て、今回の山行でやっと国内の3000m峰を全部登ることができました。

まあ、国内3000m峰なんて、軽い目標でよかったです。
これが「世界7000m峰」なんて目標だったりしたら・・・・クワバラ、クワバラ。

まあ、今後は足のむくまま、気のむくまま、自然体でそのとき登れる山を愉しむというスタイルで山とつきあいたいと思います・・・・といいながら、「まだあそことあそこを登ってないなあ」なんて意識もあるんですけどね。

・・・で、山行記録です。

今回の山行、まず登山口へどうやってたどりつくか、というのが第一のハードルでした。
北アルプスの長野側だと1時間ほどで登山口までいけるのですが、南アルプスの赤石岳の登山口・椹島(さわらじま)は静岡県・大井川の源流。遠いなあ、日本縦断だなあ・・・で、選んだルートが中央道で韮崎(双葉JCT)経由で富士川沿いを下り、身延から井川・雨畑林道(最高点標高2000m超)を越えて椹島入りするというもの。

午前2時に起床、パンクに備えてスペアタイヤとガソリン携行缶も積んで軽トラで出発しました。

夜明けの雨畑湖

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無事に井川・雨畑林道の最高点(山伏)を超えてAM7時ころ、畑薙第一ダム駐車場に到着。ここで大井川源流に向かう「東海フォレスト」の送迎バスに乗り換えて、椹島入りをしました。


ま、夏山のアルプスのメインコースですから天候さえ崩れなければ、中高年のレジャーランドと言いきってもよいほどコース・施設は整備されていて、地図なんか読めなくても標識とペンキマークをたどれば、大した苦労もなく歩けるわけです。・・・朝5時から午後3時までびっしり歩く気力体力さえあれば問題はありません。

送迎バスも客はほとんどが中高年。50歳の僕はまだまだ若手。
最近増えてきたというウワサの「山ガール」も南ア南部にはまだ攻め込んでこないようで、それらしき輩にはあえませんでした。登山者は9割が中高年!! 自分もその仲間なんだけどね。

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南アルプス登山 花編

8月23-25日
2泊3日で南アルプスの荒川三山(悪沢岳 中岳 前岳)と赤石岳の周遊登山に行ってきました。

記事を書いてる閑がないので、とりあえず花の写真だけUPします。山行き記録は後日UP予定

最近はあまり花の写真は撮らないのだけど、デジカメを新しくしたので、適当に撮ってどれくらい写るのか試してみました。花の名前は記憶に頼って適当に書きましたので、間違いの可能性もあります。

ヤナギラン(柳蘭) 千枚小屋前のお花畑で
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マルバダケブキ(丸葉岳蕗) 千枚小屋付近
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ホソバトリカブト(細葉鳥兜) 千枚小屋付近  毒草 シカが食べないので、南アルプス全域で分布が広がっています。
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ホソバトリカブト(白花)
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ミヤマシシウド(深山獅子独活)  これもシカが食べない。あちこちで見れる。
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イブキトラノオ(伊吹虎ノ尾) 千枚小屋付近
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タカネマツムシソウ(高嶺松虫草) 悪沢岳付近で撮影。 あちこちで見れる、晩夏の花。
ごーじゃす!!
背景は中央が赤石岳、左が上河内岳。
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タカネビランジ (高嶺ビランジ) ビランジってどういう意味だろう? 当てる漢字がわからない。


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トウヤクリンドウ (当薬竜胆) 秋の高山の花の定番。
毎年晩夏~秋に山にいくのでこの花はおなじみだけど、どこか寂しい花だ。

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タカネナデシコ(高嶺撫子)  荒川中岳 付近
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イワベンケイ(岩弁慶)とトウヤクリンドウ 荒川小屋付近

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イワツメクサ (岩詰草) 荒川中岳 付近  
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イワオトギリ(岩弟切) 赤石岳東斜面
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タカネヤハズハハコ(高嶺矢筈母子) 赤石岳東斜面
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ミソガワソウ (味噌川草) 赤石岳東斜面
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トモエシオガマ(巴塩釜)  赤石岳東斜面
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ハクサンイチゲ(白= 白山一華) とタカネグンナイフウロ( 青 = 高嶺郡内風露)赤石岳東斜面
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クルマユリ (車百合) 赤石岳東斜面
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カニコウモリ(蟹蝙蝠)
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明日から山登りにいきます。

明日から2泊3日で南アルプスに登山にいきます。
南アルプス南部の荒川三山と赤石岳へ行きます。(荒川三山の中岳と悪沢岳が一番の目標)
小屋泊まり・単独行です。(この暑さでばてているので、テントを担ぐ気力が無い)
赤石岳は1980年の7月25日に、自宅の電気工事を手伝ってくれているケイゴちゃんと一緒に登って以来、実に30年ぶりに登ることになります。

荒川三山・画像はウィキから拝借
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追記 1)

今回の登山は「国内の3000m峰に全部登ろう」シリーズの最終となります。
山なんて気の向いたときに好きなところに登ればいいのですから、この種の目標を持つというのは僕としては絶対好ましくないのですが、数年前に「そういえば3000m峰にどれだけのぼったのかなあ」と気になりだしてしまいました。・・・気になりだしてしまったものは仕方ないですね。
この種の「これを全部そろえたい」というのは一種の病気ともいえます。
いわく「四国88箇所を全部まわりたい」とか「日本百名山に全部のぼりたい」・・・とか。

でも考えてみれば  四国88箇所のお寺は誰か昔の人が選んだリストだし(おそらく空海その人が選んだものではないだろう) 日本百名山は登山家深田久弥が自分の趣味で選んだもの・・・・いわば他人が勝手に選んだリストなのだし、そんなものに基準をおいて「全部そろえよう」なんてのは、僕にとってはナンセンス。

3000mというこだわりもナンセンスなんですが、まあ一応「m法」の教育下に育ってきた今世の自分ですので、高い山を登る時に3000mという数字は一つの尺度にしてもいいかな・・・と。世が世であれば「10000尺峰に全部登ろう」ということになったかもしれない・・・・それとて10進法と尺貫法という尺度によるものだか・・・。

ともあれ、今回の登山で3000m峰をコンプリートしたら、今後はそういう目標などは設定せずに、そのときの気分で行きたい山に行くというスタイルに戻りたいと思う。
山登りというのは究極の自己満足の世界だ。遭難して人に迷惑を掛けなければ、「お好きにどうぞ」の世界ですね。


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守屋探索行 中断・延期

前の記事をUPしたすぐ後で、参加予定のNSP会Kさんから「昨日転んで骨折して手術、守屋山に蹴られました」というメールがきました。

ええええっっ”!?

このタイミング恐るべし。これは守屋サマから「まだ来るでないぞ!汝等はまだ精進が足りぬわ!!」という警告のメッセージか?

触らぬ神に祟りなし・・・

今朝上記のメールを受け取ってから畑で苗の植え付けをしながら、アクシデントの意味をツラツラ考えておりましたらこのように感じましたので、守屋山探索行は中断延期します。

お騒がせしてすみません。

でも、行く予定のメンバーに骨折までおこして「来るな」という激しいメッセージを送ってくる守屋サマっていったい・・・??
謎と興味は深まるばかり・・・・もっとちゃんと計画して「精進潔斎」してリベンジをしようと思います。
多分、秋以降。
また告知します。


また、トールキンの「指輪物語」の話題だけど・・・旅の仲間はいきなり強烈な吹雪に巻き込まれ、登ろうと思った山の登山をあきらめるんだよね。指輪物語と同じストーリー展開!? これってふらくたる

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守屋探索行 参加者募集

この記事はブログ「遠山郷へ行こう」の記事と同じ内容です。
5月の遠山藤原学校の翌週=6月5日(土曜日)に、諏訪の近くにある「守屋山」に登ります。
一緒に行きませんか?守屋山は諏訪大社の御神体と呼ばれており、また日本古代史に登場する物部氏(蘇我氏により滅ぼされた物部守屋)を祀る守屋神社が、登山口(里宮)と山頂(奥宮)にあります。
ですからこの登山は単なる登山ではなく、中央構造線上にある聖地巡礼の意味合いがあります。

守屋山は遠山から連なる中央構造線沿いの山で、南アルプスの北の端にある標高1650mの山です。
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往復約4時間のハイキングになります。

山頂からの展望↓


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現在日本再生プログラム推進フォーラムの会員様2名とyuponの3人で巡礼を計画中ですが、参加してみたいという方はyuponまでご連絡ください。 メールアドレスは、yupon5987@@@ybb.ne.jp(@マークは一つにして送ってください。)

今の計画では守屋登山+キャンプ の予定ですが、守屋登山だけのご参加もOKです。

詳細計画
6月5日午前7時
下記集合場所(杖突街道入り口付近のセブンイレブン)に集合。

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集合場所 → 守屋神社 里宮 参拝 → 守屋山登山 守屋山東峰=奥宮参拝 → 西峰往復(昼食) →北西側に下山(守屋山登山口避難小屋)→登山口駐車場 
というルートであるきます。
午後下山後は茅野市側にいったん下りて諏訪大社上社や、守矢資料館を見学します。

日帰り参加希望の方はここで解散。

このあと諏訪付近で温泉に入ったり買出しをした後、もう一度守屋山山ろくまで車で戻り、
守屋山登山口避難小屋で宿泊します。
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避難小屋は管理者によりますと
「どなたでも入室自由
当然ながら、電気・ガスの設備はありません。
囲炉裏があります。火災には気を付けましょう。
ほこりだらけですが畳敷きです」
ということですので、炉辺焼きをやりながら一杯やろうと思います。

翌日日曜日の計画は未定。朝食を食べて小屋を撤収して解散です。

費用
食費(夕食+朝食)をワリカンで。
小屋利用料は規定がないようなので、カンパ程度置いてこようと思います。


守屋山について、

守屋山は諏訪大社の御神体といわれていますが、守屋神社は高遠町藤沢地区に氏子が住んでいるようで、諏訪の神社というより高遠の神社ですね。古代大陸から渡ってきたタケミナカタ尊を祀る部族が出雲を経てヤマトを経て遠山郷を経て中央構造線沿いに北上し、諏訪に定着したと考えられるでしょうが、それと物部守屋とどういう関係なのか?その辺の古代史のことはよくわかりませんが、守屋神社の里宮付近にはストーンサークルもあるそうで、まず、現地を訪れてその懐の小屋でゆっくり一晩焚き火を囲んで何かを感じてきたいと思います。

是非、一緒にいきましょう。

以下参考サイトより;引用
一方、長野県諏訪市の諏訪大社にも古代イスラエルとのつながりを示唆するものがみられます。毎年4月15日に行われる『御頭祭』という祭りで昔は、75頭の鹿が生贄(いけにえ)として奉納され、そのなかの一頭は必ず耳が裂けていたそうです。かつてイスラエルのモリヤの山(ソロモン王が神殿を建てた丘)で行なわれる過越祭では75頭の羊が生贄にされていました。
 
また、この御頭祭で江戸時代頃まで『御神(おこう)生贄の神事』という奇妙な儀式が行われていたそうです。神の使いとしての役割が与えられた御神(おこう)と呼ばれる少年を柱に縛りつけ、神官が少年の上に刀を振り上げるしぐさをします。丁度そのとき、別の男が現れて神官の動作を止め、少年は解放されます。
 
この奇妙な神事は、旧約聖書の『創世記』22章に記述されている『イサクの燔祭』にそっくりだというのです。燔祭(はんさい)とは、古代ユダヤ教で、犠牲の動物を祭壇で焼き、神に捧げた儀式のことです。神は、アブラハムを試みて彼に『あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、彼を燔祭として奉げなさい』と命じます。
 
アブラハムは、激しい苦悩の末その命令に従いモリヤの山に向かい、イサクを縛り、たきぎの上に横たえます。しかし、アブラハムがイサクの上に刃物を振り上げた瞬間、天から神の使者が現れてその行為を止めます。アブラハムが周囲を見回したところ、茂みに角をからませた雄羊がいたので、彼はそれをイサクの代わりに神に捧げました。この一頭の羊は、アブラハムのために神が用意してくれたものだといわれます(ウィキペディアより)。諏訪大社の御頭祭の耳が裂けた一頭の鹿は、神が用意してくれた一頭の雄羊を象徴していたと思われます。なお、諏訪大社上社本宮は、守屋山(標高1,650m)を御神体山としています。『守屋山(もりやさん)』と『モリヤ山』、単なる偶然の一致でしょうか?
 

追記;
トールキンのファンタジー小説「指輪物語」では、「中つ世」の終幕にあたり、「裂け谷=遠山郷?」に集まった主人公一行がまず、「モリア」という場所を訪れます。
そんなファンタジーな幻想も抱きながら守屋を訪れてみようと思います。

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京ヶ倉 登山(足慣らし)

しばらく山に登っていないので、この夏にむけた足ならしのために、昨日5月21日近所の低山に登ってきました。
生坂村の「京ヶ倉」という山です。この山はシンガーソングライター
南らんぼうさんが紹介して以来中高年に人気になった山だそうで、景色のよさが特徴の山でした。
往復4時間ほどの軽い山歩きで良い汗をかいてきました。

犀川から見上げる京ヶ倉(中央の尖ったピーク)
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登山道から見下ろす犀川の蛇行。遠景は北アルプス中部の山々
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ヤセ尾根と京ヶ倉
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山頂

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山頂からの眺め 西側↓蛇行する犀川に囲まれた生坂村中心部

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山頂からの眺め 東側↓

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↑画面中央付近に家が一軒見えるが、この付近昔はかなり家があったらしい。南北に長い谷間で現在も車で通り抜けることのできる道はないようだが、完全に廃村の無人地帯になっている。まさに「カクレ里」
山菜とりをかねて廃村探検に行ってみたいところだ。

登山道のつつじ

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大阪 1

久しぶりの大阪

出身高校のクラブ(ワンダーフォーゲル部)の50周年記念式典とハイキングへの参加が今回の大阪行きの目的。
法事ではなく、慶事で大阪に行けたのは本当に久しぶり。
純粋に楽しむために故郷に帰れるというのは、大変ありがたい。
登山系のクラブが50年続いているということ自体が驚異だと思う。

ハイキングの写真
行き先は北河内・交野山
途中立ち寄った獅子窟寺(国宝薬師如来坐像を拝観)での集合写真↓
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関西の山を歩くのはほぼ30年ぶり。
大阪の低山ってこんなに常緑樹が多かったんだ・・・
日ごろブナ林より上の山ばっかり歩いているから、故郷の山の景色がいまさらに目新しい。

くろんど園地
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今年は今回で2回目の大阪行きなのだが、関西の地を歩いていると、そこここに歴史の重みを感じる。
今回ハイキングで行った山は、役の行者の開いた修験道の聖地。
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国宝・薬師如来坐像を拝観中。(仏像は撮影お断り)
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奈良の大仏鋳造に活躍した大陸系の技術集団・秦氏もここを訪れている。空海の真言密教の影響も色濃いし、南北朝の戦乱や戦国時代・安土桃山時代に戦いの舞台になったところでもある。
交野山の頂上から向かいに天王山が見える。羽柴秀吉と明智光秀が天下の覇権をかけて争ったところ。
写真;交野山頂上にて

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なんだかすごいなー。

高校時代にはそんなことちっとも気にしなかったなあ。

歴史のことに目が向くというのも、それ相応に年齢を重ねてきたということなのだろうね。
ことに、「教科書に書かれない(書けない)歴史」の存在に気づいてしまった今、真実の日本の歴史を学ばねば・・・という思いがつのってくる。


それにつけても、高津高校ワンダーフォーゲル部、よくも50年続いたものだ。天晴れ、天晴れ。
ともすれば、頭でっかち、我良し、に傾きがちな進学校の現代っ子だった自分にとって、自然と正面から交わる機会を与えてくれたこのクラブの存在は大きい。

自分の今の生き方の基本は、高校時代のあのわずか2年の経験から始まっている、と言って過言ではない。

写真;ハイキング参加者のための軽食を用意する現役部員たち
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エリンギ入りカレーうどん
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